プロジェクト

プロクラブ創設&経営支援

日本中・世界中に無数のプロスポーツクラブをつくり、グローバルに活躍する人材、ネットワークをつくる

当社代表の小山は2009年に株式会社藤枝MYFCを創業し、2014年に5年でのJリーグ入りを果たしました。5年でのJリーグ入りは、現在史上最速となります。現在、京都で2例目のクラブを手掛け、更なる知見の蓄積が進んでいます。1からクラブを創設し、昇格させるノウハウを10年積み上げています。

2009~2017

藤枝MYFC(J3)

はじまりは泥だらけのグラウンドから

2009年、藤枝MYFCはクラブを譲り受ける形で静岡県1部リーグ(8部)からスタートしました。仕事を終えた後、学校のグラウンドを借りて練習するなど、泥だらけのグラウンドからはじまりました。

「真摯たれ」宣言

2010年、JFL昇格戦に挑むも、1次ラウンドで敗戦という結果に終わりました。チーム内の規律の乱れが敗戦に繋がったと分析されたため、「真摯たれ」宣言を行い、茶髪、長髪、ヒゲ、ピアスを禁止。
審判への異議によるイエローカードは最大3試合出場停止など、規律あるチーム作りを進めました。それによりチーム力が飛躍的に向上。技術だけではないメンタルの改革は大きな効果をもたらしました。

「日本一過酷な大会」を勝ち抜き、JFL昇格

2011年、2度目の挑戦で「日本一過酷な大会」と呼ばれるJFL昇格戦を勝ち抜き、JFL昇格を果たします。1次リーグ初戦、ロスタイム弾で勝利するなど、チームとしての精神面の成長が大きく勝負を左右しました。

創業会社として史上初のJリーグ参入

東海リーグ、JFLと昇格し、2014年にJ3へ参入。J3初年度は11位(12チーム)の結果に終わりましたが、6年でのJ3優勝計画のもと、プロクラブとして大きな一歩を踏み出しました。

強化の中期計画を策定、順調に順位を上げていく

2015シーズンより強化の中期計画(5か年計画)を策定。目指すサッカーを定義し、5年後に結果を出すための戦略的なチーム強化を進めました。その結果、2016シーズンには選手人件費がリーグワースト2の中、7位(16チーム)と躍進を果たしました。

強化の傍ら、多数の革新的な試み

2017シーズンにはカンボジア人初のJリーガーとなる選手を獲得。Jリーグ初、通年で戦術を事前に公開するコンテンツ「戦術公開動画」を配信するなど、強化を計画的に進めつつ、クラブの可能性を探る革新的な試みを多数行いました。

売上推移

経営面では、創業から8年で売上20倍。資金も4億円調達。

強化面の整備を進めると同時に、もともとの強みであった経営面も順調に成長。親会社の支援に頼るJクラブが多い中、創業会社によるクラブとして2009年の創業から2016年まで7期で売上増、約20倍の成長を達成します。
また地域密着を実現させ、408の個人・企業株主に参画してもらい、4億円を調達しました。

2016年より集客に本格着手、約1.5倍の平均観客数増を達成

経営資源の集中の観点から、2015年までは集客に経営資源を割かない方針でした。しかし、2016年より経営の安定を背景に、本格的に集客に着手します。広報部を新設して部長に石田祐樹を任命。訪問先のリストアップと徹底した地域回りを行うなど、戦略を徹底しました。その結果、2016シーズンの平均観客数は約1.5倍増加となりました。

2017年、Jリーグ史上でも異例となる前向きな形での経営委任へ

クラブの更なる発展を目指すため、2017年に地域有力企業へ経営を委任。財務上の問題が無い順調経営の状況で、クラブの更なる発展を目指した前向きな形での経営委任は日本のクラブ史上でも異例となり、サッカー界に新たな価値観をもたらしました。

藤枝MYFCで培った経営ノウハウを活用し第二・第三のJクラブを生み出していく
2017~

おこしやす京都AC(関西1)

経営の健全化、更なる成長へ、支援を依頼され請け負う

2017年、経営と成績が停滞気味であったアミティエSC京都(現:おこしやす京都AC)の経営を本格的に引き受けます。スポーツXのクラブ経営ノウハウをフル活用し、資本政策・営業戦略の組み直し、クラブコンセプトの見直し・再構築を行いました。クラブ財政が健全化し、「世界を目指すクラブ」の成長への下準備が整いました。

強化を本格的に担った2ヶ月半で、過去最高成績

2017年、昨年までの監督を継続して起用するも、9月に関西リーグ1部自力優勝可能性を消滅。緊急策としてスポーツX育成初の監督となる石田祐樹を起用します。就任2ヶ月半の間で、奇跡の関西リーグ1部優勝、地域CL決勝大会決勝ラウンド進出というクラブ史上最高成績を達成しました。自力での関西リーグ優勝が難しかったクラブをJFL昇格寸前まで導きました。

まずは京都に2例目のJクラブを誕生させる
ノウハウをさらに蓄積し、日本中・世界中にプロクラブがある未来へ